2008年09月21日

とても難しい事だと自分は思う

コミュニケーションって、
人と会話さえできれば「できる」ってことなのか?
「コミュニケーション能力がある」ってことなのか?
その会話に「誤解」みたいな、誤った理解で会話が消化されても、
コミュニケーションができたって言えるのか?


就職活動期に自分はこの言葉をよく耳にした。
コミュニケーションが重要!
コミュニケーション能力が大事!
いろんな場面でその言葉を目にした。
企業の説明会なんかでも、耳にタコができるくらい聞いた。

先日、会社の研修で再びこの言葉に出会った。
でも、その場で出てきた「コミュニケーション」のニュアンスが
何となく冒頭で書いたように解釈できる言葉で、
自分としてはコミュニケーションの言葉の中身に「?」マークが付いた。



人と会話さえできれば「できる」ってことなのか?
自分はそうは思わない。
会話内容に一切の誤解もなく、完全に同じ理解がお互いに得られることが
「コミュニケーションができた」っていう状態なんじゃないかと思う。

でも「完全にお互いが通じる」なんて事は滅多に…というか
殆ど無いと自分は思う。

悲しいかな、会話をする相手は自分ではない。
どれだけ議論を重ねても、言葉を重ねても、
「完全に同じモノを心の中に共有する」なんてことはできない。
それは、文脈の解釈が違ったり、
使ってる言葉の意味・解釈・ニュアンスが違ったり…

極端な話、みんなが「青」と言っている色は、自分には「赤」に見えているのかもしれない。
でも、そんなことお互いには確かめようが無い。
「みんなが「青」と言ってるモノは、どうやらこうゆう色らしい」
ということが積み重なって、「青」という色が共有されているんだろうと思う。

コミュニケーションが完璧に成立するなんて事は無い。

じゃぁみんなが言う「コミュニケーションができる」ってどうゆうことなのか。

自分は、完璧なコミュニケーションができる様に
努力している人が「できる人」なのではないかと思う。
そのコミュニケーションの精度を会話中に認識し、ズレを修正して
より良いコミュニケーションに近づけれる様に注意を払えるような人…。

Wikipediaには
>コミュニケーションの成立は、そのための適切な発信行動が取られたというだけではなく、受け手が適切なシグナル・媒体に注意を向け情報を受信した上で、さらに的確な理解をしているかどうか、という点にもかかっている。

とあった。

コミュニケーションって言うと
「自分の考えを正確に言葉にするだけでなく、それが相手にどう伝わったか…」
という点に重きが置かれがちで、発信側が適切な言葉を選んだかに目が行く。
まぁ実際それは重要なことなんだろうけど
受け手側も単純に「相手の言葉を自分の辞書で受け取ってはいけない」
っというのも、発信と並んで重要なことだと自分は思う。

会話の流れの中で
同じ意味合いやニュアンスを共有しているであろう数々の言葉の中で
ふと「ん?」っと
認識がズレている部分に気が付いて、
「コレはこうゆうことだよね?」
って再確認したり修正して、より高いレベルの理解を引き出せる人
っていうのが「コミュニケーションができる人」なんじゃないかと思う。

この「ん?」って瞬間に、思い込みとか偏見なんていうのは禁物だ。
だから尚更「コミュニケーションができる」っていうのは、
とても難しい事だと思う。

コミュニケーションは、発信する側だけでなく受信する側にも必要。


自分はこのサイトで
いろんな記事を目にして、思うことをつらつらと書き続けてきたけれど
思うことを全部出し切って、考えたとおりに全て書けた事なんて
今まで一度も無かったと思う。
思うことが言葉にできないむず痒さ。

そして、その目にしてきた記事達についても
「その考えには思い至らなかった」とか
「誤読してた」っていうのがたくさんあった。
読み取れない悔しさ、恥ずかしさ。




こんな自分だからってのがあるのかはわからないけど、自分は
「コミュニケーションができます」って言う人とよりも
「コミュニケーションって難しいですよね」って言う人との方が、何となく
深く突っ込んだ面白い会話ができるんじゃないかなぁって思う。


posted by Pit at 21:35 | Comment(4) | TrackBack(2) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コミュニケーション能力ってのは、コミュニケーションを「開始する」能力だと思う。

いったん会話が始まってしまえば、コミュニケーションはできたも同然。あとは相手の話を注意深く聞くこと。
Posted by Dick at 2008年09月23日 00:44
あと書き忘れたので追加でごめん。

>でも「完全にお互いが通じる」なんて事は滅多に…というか
>殆ど無いと自分は思う。

殆どどころか、絶対にない。
心と心はどうやっても通じ合わないんだ。それを、言葉という、蜘蛛の糸の糸電話みたいに頼りないツールを頼りに自分の思いを伝え、相手の考えを読み取るのがコミュニケーション。

思いの1%も伝われば上出来、と思うくらいでちょうどいい、と思う。
Posted by Dick at 2008年09月23日 02:38
この記事が「だから自分はコミュニケーションに慎重になる」って結論なら貴方はやはりそれを言い訳にコミュニケーション能力が無い事から目を背けている分類の人なんだと思いますよ。社会で求められてるコミュニケーション能力というのは自ら相手に飛び込み関係を築いていける能力を指しているはずです。解りやすく言えば「社交性」ですよ。
Posted by @ at 2008年09月23日 02:39
 コミュニケーション能力とは「人の話を聞く能力」です。それ以上でも以下でもないです。

 人の話をちゃんと聞いて理解できる人は、的確に話すことができます。そうでない人はできません。コミュ力足りない人に共通しているのは「こいつ、全然人の話聞いてねえよ」って部分です。

 うまく話すことなんて、うまく聞くことに比べれば1000倍もラク。
Posted by 採用担当者 at 2008年09月23日 03:21
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