2006年12月11日

知らないことを知る

自分が「知らないことを知っている」っというのは,
知らないことを知らない」よりは遥かに「知っている」と思う.

自分が知っていると思っていることは,
大抵が「知らないことを知らない」から「知っている」と思ってしまっているのであって,
本当は知らない・知っていないのだ.


勉強する…ということの行程の中には,
自分がその分野に関して,知らない事を自覚することが含まれていると思う.
・知らないことを知ること
勉強していて,不安が増大するのは知らないことを知った証拠だと思う.
どんどん不安になるべきだ.
そして,「知らない」を「知る」に変えていくのもまた勉強.
不安を解消するのも勉強。
試験直前に「あそこ出たら,解けないよ」というのも
知らない部分を知っているだけで,時間さえあればその部分を潰せれたと思えば
勉強をしていたことの裏返しにもなると思う,
(まぁ,不安材料を残してる時点で勉強不足である事は明白なんだけど…)


立派な学者は,知らないことがこんなにあるのかという事を痛感している人
by 小柴昌俊教授

ちょっとうろ覚えだけど,先日の授業で先生の脱線した話の中から出てきた小柴教授の言葉だ.

研究者というのは,誰もが知らないことを追究することだと思うから,
勉強をするのとはまた違ったものになる.
勉強は「知られていることを知る」であって,「誰も知らないことを知る」のが研究だ.
研究を行うにあたって,類似研究が無いかを調べるのは
「誰も知らない」っということを確かめる為にするんだと思う.
その過程で,また知らない事が増えることもあるだろう.



「知っていない」っということを知る.
何においても、はじまりはそこからだと思う。

自分はまだまだ無知な人間です。頑張らねば…
posted by Pit at 20:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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