2007年01月29日

国語のできない自分

日々、いろんな記事や文章を読んでて
自分はそれについて思うことや考えることをコメント(?)っという形で
付けてるワケなんだけど…

時々、自分はちゃんと相手の意図を読み取れてるんだろうか…
と不安になってくる。

記事を読んでいて、
「これが言いたい事なのかな?」っと意図を読んだつもりでも
「あれ?これがいいたい事なのかな?」とか
次の瞬間には自信が無くなって、
これも意見っぽいし、あれも言いたい事みたい…。
どうも複数主張が見えて、本当に言いたいであろう1本の主張が見えてこない。
その中から一番強い主張を記事主の言いたい事として
自分の思うことを書きたいとも思うのだけど、
国語がダメだった自分は相変わらずの様で
どれも等価に大事な主張のように見えて、自分のモノを読む能力の低さにヘコんできたりする。

コレが伝えたい事って何だろう…。


最近、テレビの情報系(?)報道系(?)番組を見てて
混乱したことがあった。
ちょっと忘れてしまってうろ覚えなのだけど、
あるニュースに対して読み違いな伝え方をしていたらしく
スタジオ内がゴタゴタ気味になっていたのだけど、
それを見て自分は
「伝えることのプロでも、意味の読み違え・取り違えをするんだな」
っと思った。
考えてみれば彼らも人なのだから、そういったことがあるのは分かるのだけど
その道のプロであり責任も背負っているハズなのだけど
それでもそうなってしまうという事は、
やはり主張を正しく読み取るというのは非常に難しいのだなと…。


そういった違ったレベルの人が混在し、
同一の横一線でさまざまなコミュニケーションが行き来してるネットでも
普段の日記ブログのレベルの時点から、
どこかしらの読み取り違いのズレとか…生じつつも
それでも表面化せずに、読み取れてるつもりになって
日々さまざまな文章が綴られ、読まれているんだろうなと…


その文章の意図を100%読み取れてるという自信は
一体どこから生まれてくるんだろう…

自分は「多分…」という程度でしか自信が持てない。



逆の立場として、自分が書いた文章を…
もう一人の自分が読んだら100%読解できるようなものを
自分は書けているんだろうか…。
posted by Pit at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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