2007年05月20日

広く深く好きでいること

りんふらの今回のテーマから,自分の好きなF1と関連付けて少し考えてみた.
具体的なF1愛は語れていないけど,自分が思ったのはこんなことですかね.


誰か特定のドライバーのファンになることや,
特定のチームのファンになることだけでは,
真の意味でF1のファンになったとは言えないと自分は思っている.
それはドライバーのファン・チームのファンという
F1の中の特定の領域のみのファンで,F1のファンとは言えない.

そういった特定的な要素は
F1の決勝を面白く見るために最低限必要な,一種の属性のようなものに自分は思う.
また,それらの要素は
あくまでF1に興味を持つための取っ掛かりでしかないと思う.




今の自分は,F1について全般的に興味があって
たいていの話題は面白いと思える.
F1の歴史的なモノから,現役のドライバー・チームの背景的なもの…
それらのお互いの関係性や,F1界を巡るドロドロの政治状況…駆け引き…
語り始めればキリが無い.
それこそ,F1に関する引き出しが多すぎるから
それらを1つの「F1愛」っという形で表現することは,非常に難しい.
全てが好きなのだ.

まぁ,それでも自分の中で唯一F1の中で興味が薄い部分があって,
F1マシンの内部や外見の細かい部分,また詳細なレギュレーションなど
まだ興味が行き届いていない部分があるのが
自分のF1に対する愛がマダマダ足りていなく,まだまだだなと思う部分なのだけど…


好きになればなるほど,
それに関する情報を集め・知り,より好きになっていく.
そうなれば一言で愛を語ることは難しい.

狭く深いよりも,広く深く知っていて,
それでいて初めて愛を語れるんじゃないだろうか…

自分が愛していると言えるモノに関して,もう一度振り返ってみてはどうだろう.


「ドライバー」は愛していても
「F1」というフィールドで見たとき疑問があるなら
F1を愛してるとまではいかず,好きという領域で終わってると思う.

自分は「F1」は愛しているが,
「モータースポーツ」というより大きなフィールドで見たとき,
やはり狭く深いのみで,愛とまでは言えない.


まだまだ世界は広い.
自分のF1愛もまだまだだ.






っと,ここからは余談なのだけど
そうして愛だと思いつつ
無意識に知識が肥大するのがオタクなんじゃないかと…
そう思うと,誰もが何かのファンであるなら広義の意味でみんなオタクなんじゃないかと.

で,りんふらで今のテーマに苦戦する方が多いのは
書こうとする事柄について,魅力が多すぎるからなんじゃないかなぁと…
だからまとめられない…

愛が深いんだろうなぁと…
posted by Pit at 21:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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