2007年09月19日

難問を楽しむために…

今日ふと大学からの帰り際…
自分の今の研究についていろいろ考えながら帰った。
自分は今徒歩で大学へ通っているのだけど、
通学には大体約20分かかって、考えながら歩くのに適度な時間。
だから時々そうやって考え事しながら帰るのだけど…

その時間中にちょっと気が付いた事があった。


それまでの…
ほんの2年前の自分は研究で壁にぶつかった時は、
「よっしゃぁ〜。コレをどうやって解決しようか」なんて、
如何に上手くアイデアを捻り出してプログラムしてやろうかと、
ちょっとしたワクワク感と
難しい問題へ挑戦する”楽しみ”に似た
何かを感じていた。

んが、今の自分はどうかというと…
ちょっとした困難にぶつかっただけで
「あ〜コレどうしよう…わかんないなぁ…」っと、
直ぐに怯えというか鬱々とした気分になり、
モチベーションが下がる様になってしまっている。

「難問を楽しむ」などという余裕のカケラなど全く無くしてしまって、
直ぐに守りに入る様になった。
攻略…攻めを楽しもうとする姿勢が今の自分には無くなってしまった。





まぁこの2年間で、自分も多少は成長し
自分が持っている実力も大体計れる様になったから、
そこから各種問題に対して大まかな見通しを立てれるようになった事が
困難な局面に対峙した時に、ネガティブな方面で出てしまっているのだろうけど…



「挑戦する」っという言葉は、
何も知らず怖いもの知らずな人と、
その世界を知り自分に何がある程度できるか把握できている人とで、
全然違うというか、覚悟の度合いが違うと思う。

「無知って怖いね」っというのは
その先の怖さを知らないから、なんでも突っ込んで行けるんだと思う。
2年前の自分は、大雑把に言えば研究に対して無知だった。
それがいい方向に作用して、何でも楽しむ勢いがあったんだと思う。

だけど今は違う…
挑戦すること、そしてソレを楽しむ事にブレーキがかかっている。
それは、世界を知ってしまったからこその怖さなんだと思う。
ポジティブに問題に取り組むのと
ネガティブに問題に取り組むのとでは、全然違う。
アイデアとか、頭の回転が全然違う。
だからこそ、今の自分には
怖いと分かっていながら攻めにいける姿勢が必要なんだと思う。

本来の「挑戦する」っという言葉の裏には、恐怖に立ち向かう意味が込められていると思う。
だから、その怖さを「知らずに挑戦する」のと
「知って挑戦する」のとでは全く違うと思う。


今の自分は臆病だ。
だから、2年前の様に
難しい問題へ挑戦することの”楽しみ”
を感じていないんだと思う。
だからこそ、問題に対してまっすぐに挑戦する勇気が必要なんだと思う。


楽しく問題に取り組みたいから、挑戦する姿勢でありたい。




そしていつか、その姿勢にちゃんとした実力と自信が伴えば
もう難問に対して鬼に金棒なんじゃないかな…っと思う。
それが無い今は、気持ちだけでも負けちゃいけないと自分は思う。
posted by Pit at 21:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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